愛情に飢えていると人はどうなるか!

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人が愛情に飢えていると、自分の周りの人に敵意を持つ。

なぜそうなるかは、愛情を与えて欲しいと周りの人に懇願をしても、それを得られないからである。

他人に対する依存性という言葉を耳にすることが多い。

しかし、依存性の本質を理解している人は、ごく稀である。

他人に依存する人は、依存をすること自体が目的ではない。

実は、もっと恐ろしい他人の心を支配したいとの欲求が、心の奥底に潜んでいる。

言い換えれば、依存性とは、支配性の表の顔である。

裏の顔である支配性が、満たされない限り、依存性は高まっていくことになる。

夫婦関係で説明をすると、妻(夫)に依存するとは、妻(夫)の心を支配することである。

一歩、家の外に出れば、誰も自分の思うように動いてはくれない。

勿論、そんなことは頭では分かっている。

そこで支配性が満たされない心は、敵意をもつようになる。

頭では分かっているが、敵意の感情を持つから、周りの人とは打ち解けることができない。

さらに、この敵意は、自分に近い人間関係に向けられることになる。

欲求が満たされないので、心は不満でいっぱいに膨れ上がる。

叶えられない欲求は、心から消えることなく、満たされない心をいつも感じることになる。

そして欲求不満の心は、執着性を持つようになる。

この執着性をも兼ね備えてしまうと、些細なことも気になりだす。

周りの人からは、「こんな些細な事で、なんでそこまで怒るのか分からない」とか

「そんな些細な事、どうでもいいじゃない」とか言われる。

心という土台が崩れているのだから、必然であるが、周りの人には理解をしてもらえない。

特に、心の健康な人には、意味不明の言動や行動に映る。

ちょっとした不満に捉われる人は、基本的に不安だからである。

基本的に不幸な人ほど、些細な事にとらわれやすい。

些細な事に捉われるだけでなく、些細な事をものすごく大きなことにしてしまう。

離婚調停や離婚裁判での陳述書や答弁書を読むと

些細な出来事が、ものすごく大きな出来事として表現をされている。

心の健康な人から見れば、ものすごく些細な事を、

心の不健康な人は、不健康な心という顕微鏡で拡大して見ているかの如く、

些細な事を大きな不運として感じてしまう。

心の不健康な人が、ある時にたまたま機嫌が良くても、その機嫌の良さは薄氷のようなものであり、

他人のちょっとした一言で不機嫌となる。

基本的な心の欲求である愛情が満たされていない人は、

些細な事を些細な事として心が処理できないのである。

「よくもまあ、そんな事ぐらいで怒るな」と思われる人には心の健康な人は近づかないことである。

当然に、結婚など論外である。

結婚をすれば必然的な離婚が待ち受けている。

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