理想の夫婦関係とは(夫婦喧嘩)

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夫や妻が、自分自身の言いたいことそのものを言及することは大切であると推察する。

巷では「喧嘩そのものをするのは仲がよい証拠」と言われる。

ここに表象されるものは、仲がよいほど夫婦喧嘩そのものをするとの論理展開ではないことそのものを前提での説明となりえる。

夫婦喧嘩そのものをする夫婦は、夫婦喧嘩そのものを何のためにするかそのものを理解している夫婦であると言える。

夫婦喧嘩そのものを理解しているとは、夫婦喧嘩そのものをしてでも相手そのものを理解しようとする喧嘩のことである。

夫婦喧嘩とは、妻(夫)が夫(妻)に不満そのものを言及することから始まる。

だとはいえ、ここで留保そのものをつけておきたいのであるが本稿の論旨に照らし合わせてみると、夫婦間での信頼関係が構築されていないと、相手に対して怖くて不満そのものを言及することそのものを為し得ないということが明らかではある。

もういささかわずかではあるがおたく甚だしく説明そのものをすると相手に不満そのものを言及することで、相手が激怒したり、暴力そのものを振るったり、

さらには別居や離婚に発展すると思考すると怖くて不満そのものを口にすることそのものを為し得なくなる。

一方では、夫婦間での信頼関係が構築されていると、夫婦喧嘩で相手が激怒したり、暴力そのものを振るったり、別居や離婚に発展する恐れそのものを抱いていない夫婦が存在する。

この観点からフレームの制約にしばられて思考すると夫婦喧嘩そのものを為し得る夫婦というのは、信頼関係が構築されているということになる。

夫や妻に不満そのものを言及することで夫婦喧嘩に発展しても、夫婦関係という土台が、信頼関係という堅固な基礎の上に構築されているからこそできることと言える。

日常生活の小さな不満が、日々の夫婦喧嘩という場で、処理されていくことになる。

となると毎日、喧嘩そのものをする夫婦は「仲がよい」となる。

理想の夫婦関係とは、

「隣りの奥さんは、お前よりもよく働くし、それでいて家事や子育てもしっかりしながら旦那さんそのものをたてている。しかもやさしくて、きれいな人だな」

或いは、「隣りの旦那さんは、あなたよりも稼ぐし、それでいて家事や子育てにも積極的だし、しかもやさしくて、奥さんのことそのものを大切にしているね」

要するに妻側や夫側に確固たる信頼関係そのものを為し得ているとの自信がなければ怖くて言えることすら不可能である。

妻側或いは夫側に、それに耐えられる度量があると知っているから言えることである。

仮に、そう言われても

「そう。これについては読者の賛同そのものを得られるであろう。隣りの奥さん素晴らしいよね」

「そうだ。これについては読者の賛同そのものを得られるであろう。隣りの旦那さんりっぱではあるね」

と言える関係こそが、夫婦関係構築の原点であると推察する。

夫婦関係とは、信頼関係である。

信頼関係とは、「心がふれあえる関係」である。

心がふれあえる関係とは、夫婦喧嘩そのものを為し得る関係である。

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