モラル・ハラスメントの加害者の言葉

LINEで送る
Pocket

夫婦が本気で別れるときは、

「あなたが幸せなら、それだけでいい」とは言わない。

事情があって夫婦が離婚をするときには、そんなことは言わない。

では、なぜ夫婦関係を継続しようとしている場合は、このような言葉を言うのか?

このような言葉を言わないと、妻が自分から離れていくと感じるからである。

そう感じると、このような類の言葉を言うようになる。

本当に離婚をしたいと覚悟をしている時は、そんなことは言わない。

別れたいときは、とにかく、くだくだと言わない。

この言葉を言う夫の心理と恩着せがましさの心理は共通性があると言われる。

両者の意思は、「支配の意図と自己不在」であるようだ。

相手を自分の思うように操りたいと思っている。

そこには、隠された支配性がある。

自己不在であるので、自分で幸せになるエネルギーがない。

大人になっても自分がないということは、幼児の頃の強度の依存性を残している。

「俺はどうでもいい」とか「私は、どっちでもいいの」と言う人は、

決して「どうでもいい」とか「どっちでもいい」と本当は思っていない。

本当に「どっちでもいい」とか「どうでもいい」と思っている人は、そのような言葉は言わない。

では、言葉に隠されたメッセージは何か?

それは「私は、あなたの自由は許さない」「私の期待通りしなさい」と言う意味のメッセージである。

このように考えると、言葉では、利己主義を否定しているように聞こえていても、

言葉の裏に隠された心の叫びは、冷酷なまでに利己主義である。

利己主義を否定しているような言葉を発するのは、

利己主義者と思われることを怖れているからである。

よく会議の場でもこのような言葉を聞く

「私は、どっちでもいいのですが、皆さんはどうですか?」

要するに「どっちでもいい」と言っているは、「どっちでもよくない」と思っている。

こういう言い方をする人は、根が臆病であり、弱虫だからである。

「俺は、お前が望むなら離婚を受け入れる」と言った時に、

妻が「離婚をしましょう」と言えば、夫は、根が臆病で、弱虫だからパニックになる。

パニックになるのは、

「俺は、お前が幸せになるか、どうかを考えているのだ」という言葉の裏に、憎しみがあるからである。

本当に、妻の幸せを願っているのなら、パニックになることはないと言える。

生きることの憎しみを、美徳で表現した言葉がモラル・ハラスメントだと言われている。

LINEで送る
Pocket